初ライブとか言ってますけど。
21時なんて時刻から、しかもたったの一時間って、
ほとんど、「誰も来るな」って言ってるようなもん?
そんなことありません。
この日をのがすと、10月まで土曜日が埋まってるんです。
お誘いあわせのうえ、ぜひ、いらしてください。
囃子の稽古日が増えてます。
弟子指導の週二日とは別に、師匠に我々が教わる日です。
まだ13曲すべて、覚えていませんから。
しかも知ってる人が年々減っていく。
この稽古が始まったきっかけだって、
前会長が脳溢血かなんかで倒れて、
一命はとりとめたものの、会長職を退いたので、
新会長が前々から提案してた話が実現したという。
いいのか悪いのか。
会長の太鼓にあわせて笛を吹くことは、二度と、できない。
あの心地良いリズムを聴くことは、二度と、ない。
いつだって、これが最後と思って。
練習だろうと、舞台だろうと、一回一回に感謝してきた。
悔いはないが、やはり、さびしい。
やりたいことを、やれるうちに、やろうぜ。
人生なんて、一瞬だよ。
それにしても、つくづく、私は、
気がきかないと思うわけです。
気を使うことを知らない。
気遣いってもんが、わからない。
先日、テレビで、中居さんの修業を見ました。
お客様役の他の中居さんに
「若い人が多くていいわね」と言われて、
「ありがとうございます」って返事して、
叱られてました。
いわく、「逆さ言葉かもしれないでしょう?」
………えーーーーー。
それはイヤミだ。
そして、
「まだまだ未熟者ですので、よろしくご指導ください」
と、お客様に答えなさい、と。
………うーん。
未熟だという不満を「若い人が多くていいわね」と言い、
誉められたと思っても「まだまだ未熟者ですから」と答え、
そんなのが気遣いなら、……私は死んでしまう。
本心でない言葉のやりとりは、息が詰まるんです。
だから無意識で自分に嘘つく人もダメ。
「お前、本当にそう思ってんのか?」って、問うてしまう。
でも実は多くの人が、この"気遣い"の中で生きてるのだと、
最近になって、初めて気がつきました。
自分は今まで、一体どれだけの"気遣い"を受けながら、
気付かずにいたんだろう、と思ったら、めまいがしました。
どんだけ騙されてきたんだ私は。
どんだけ嘘つきだらけなんだ世の中は。
そもそも、"気遣い"を"嘘"だと認識する私が、間違ってるんでしょう。
理性でそう理解しても、身体感覚が拒絶反応を示す。
先日、神経を使うとはいえ、遊んでるときだというのに、
「疲れた?」と問われたので、
「もしかして私、疲れた顔してます?」と問い返したら、
「そんなことないよ」と言われました。
……明らかに、嘘だ。
それは絶対うそだ。
「ホントのこと言ってください! 疲れた顔してます?」
そう言うと、その人は、少し笑いながら、
「うん」と言ってくれた。
ああ、やっぱり、この人いいひとだ、と思った。
私は、この人の気遣いも、正直さも、好きです。
きっと気がつかないところで気遣われまくってるんだろうと思うと、あまりにも申し訳ないんだけれど、ごめんなさい、私きっとぜんぜんわかってないです。ああ。
でもだいたい、こういう人は、私のこと面白そうな顔で観察してるので、面白がってくれてるならいいやと思ってる。そうでも思わないと、生きて行けない。
ある人に、
「笛は、どれくらいやってるの?」と問われて、
「まだ、じゅう……」何年だっけ? と数えてたら、
「ほらねぇ! 躾が行き届いてるわぁ。"まだ"十年、ですって」と言われたことがある。
しかし、これは謙遜ではないのだ。
なにせ、60代、70代の師匠達が、
「おれら、まだまだ、ひよっこよぉ」と言うのだ。
冗談半分に笑いながら、その実、師匠達は本気だ。
師匠達は、更に自分達の師匠達を思い出しては、
だれそれの技はすごかったと、折に触れて語る。
「一生稽古」という言葉もある。
極めたと思っても、
次もうまくいく保証など、どこにもない。
コンマ何秒の世界。
その、わずかを聞き分けて、人々は
「今のは良かった」「今のは間が悪い」と言う。
自分だけがベストコンディションでも、成立しない。
五人囃子は、全体のバランスが整わなければ、
良い演奏にはならない。
私の弟子が、私の師匠に「うまくなったよね」と誉められて、
「いえいえ、まだあれもできないし云々」と言いつつ、
ニヤニヤしてたので、叱りとばしたことがある。
(前にも書いたかもしれない)
「大先生に誉められたら、ありがとうございますと言え。
できてない部分は、心の中で反省して練習しろ」
免罪符の謙遜が一番嫌いだ。
何も生み出さない。
本当に、あるべき形が、目指す方向が、見えていれば。
自然と、謙虚になるものだ。
なぜなら、真実は、いつも遠い。
極みは、それが困難だからこそ、価値がある。
師匠達は、誉めて育てる。
私も、たくさん誉めていただいてきた。
たぶん、若い人達(私達の世代)は、
怒鳴られて育ってきている。
そして、自分達の子にも、怒鳴る。
親子参加も多いから、子への対応が、よくわかる。
いや、昔も、親は怒鳴っていたのかもしれない。
祖父母や、おじおばや、近所の人達が、
「いい子だねぇ」と、誉めてきたのかもしれない。
いずれにしても、私達はそれを失っている。
誉められ慣れていないから、
誉められると、へんに照れて否定する。
謙遜しているようでいて、ヘラヘラと浮かれている。
自分の目で、見極めて、
腹の中に、落とし込んで、
目指すべき極みまでの距離をはかり、
道のりを組み立てることを、知らない。
──そう言う自分は何だ?
……なんてなことを、
ぜーーーーーんぶ、横に置いといて、ですねぇ。(笑)
勝手気ままに。
弾き語り、しますよん。
そう、私、気がきかない人なんですから。(笑)
(言い訳以外のなにものでもないぞ)
いや、今回は、
いかに気ままでいられるか、ってのが、コンセプトなんで。
みなさんも、どうぞ気ままに、おすごしください。
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